【みんな辞める工場】派遣会社時代の話【あの時退職代行知ってれば】 | 【即日OK!退職代行サービス】もう辞める!※今すぐ相談

【みんな辞める工場】派遣会社時代の話【あの時退職代行知ってれば】

※管理人自身の派遣会社経由で工場で勤務していた時の話ですが、かなり長いので時間ある人だけ見てもらえたらと思います。退職代行サービスを利用したという体験談ではないです。

とある工場に勤務してました

当時仕事を探していましたが、簡単には仕事が見つからずいつも募集をしていた工場が派遣会社から募集をしていたので応募しました。

定着率低いブラックなところ特有の特徴かもしれませんが、その工場自体も契約社員で募集をしていたり、派遣会社自体も複数社入ってました。

そんな工場でしたが、きつかったです。
覚えることの多さや手先の器用さを要求されたり、とにかく注文の多い職場環境でした。
泣いている人を見たこともありますし、怒鳴り合いも見ました。
人間関係も悪い環境でした。

辞める人も多く、入って1週間以内で辞めた人を何人も見てます。

同じ日に入った人も一か月ほどで辞めてました。

結局自分自身は2年間勤務しましたが、1週間以内で辞めた人を批判する気にはなれなかったです。
辞めた人が、ここで働きたくないって気持ちは、よくわかっているので。

辞めていく人たちが羨ましくも思えていたくらいです。

辞めた人で印象的な人

複数人いるけど、僕の身近に配属された女性の印象は強く残ってます。

その方は、年齢は40代?くらいだったと思います。
何回か話をしたけど、年齢まで聞いてないので詳しくは分からないですが、30代中盤から40代前半くらいかな?と。

その日の朝礼の際に、新人が入ってくるなど何も言われてなかったのですが、急遽新人でその人が入ってきました。

既に現場が動いていて、色々と作業をしてました。
そんな中で、急な話で新人が入ってきたのですが、基礎から教えるような態勢もできてなかったので、いきなり色々手伝ってもらうような流れになりました。
この辺、かわいそうな部分がありました。

作っているのは、精密機械系なのでデリケートな製品と言えます。
小さい傷とか汚れにも気づいて、部品の交換などもしないといけないので、大変だったと思います。

色々と、不安そうな感じで仕事をこなしてその人は定時で帰っていきました。
少し話をしたときに、「この仕事できるかな…」と不安を口にしてましたが「慣れたら平気ですよ」という感じの返答をしたのを覚えてます。

次の日が工場が休日でした。
休日明けの出勤日、新人さんからすると2日目です。
勤務と1日目と同じような感じで過ごしていました。

現場に口が悪い人もいたりして、余計に緊張したんじゃないかと思います。

2日目が終了したらまた工場が休日に入りました。

そして、その休日明けで、新人の人は出社しなくなりました。
会社もその人から何も聞いていないようでした。

辞めるということを告げずに、辞めたようです。

入って2日勤務しただけで辞めるって、引き止められるだろうし辞めることを伝えるのもかなりきつかったんじゃないかと思います。

バックレという形で退職したので、現場で呆れ気味の反応がありましたが、この職場だと勤務きついよな…と同情してました。

自分は結局2年勤務したが後悔

結局その工場には2年間勤務しました。

はっきりいって、しんどいとか不快な印象が強いです。
あの工場で働けて、良かったと思えることは何もありません。

仕事を休んだら何か言われるんじゃないかと、怪我しているときあったけど無理して出勤したりしてました。

2年間で無遅刻、無欠勤で早退もしませんでした。
怪我や体調不良の時は無理して出勤していました。
できるだけ残業にも対応してました。

有給休暇とかほとんど使ってないです。

改めて思うけど、よくあの工場に2年も行ったなと。

食欲も減って体重も落ちましたし、夜寝れず睡眠時間もかなり短くなってました。
無理を重ねた2年間でした。

辞めることを伝えたあの日

工場が休みの日で派遣会社の担当者に連絡が取りやすい日は、土曜日しかなかったので土曜日に連絡をしました。
当時毎週土曜日が来るたびに、辞めることを告げる電話をしようかソワソワしていました。

辞めたくて仕方ない工場なのに、なぜか辞めることを告げるのに抵抗があって、電話をしようにもなかなか電話できずにいました。

数時間電話をしかけては、辞めてを繰り返しましたがようやく夕方頃に派遣会社の担当者の携帯に電話をしました。

正直、電話をする寸前でさえ迷っていたくらいですが、呼び出し音が流れてきた時にようやく覚悟を決めました。

自分の番号が向こうにも通知されているはずなので、呼び出し音が鳴った時点でもう後には戻れないと思ったからです。

何度目かの呼び出し音の後に担当者が出ました。
その後、辞めることを伝えました。

担当者は、驚いたような残念なような複雑な反応をしていました。

通話を切る際に、通話時間を見ると1分ほどの時間でした。

たった1分ですが、本当に重い色々なきつい気持ちが吐き出されたような1分でした。

すぐに辞められるわけじゃないので、その後2か月弱勤務しての退職となりました。

辞めることが決まってからの2か月も本当に長かったです。
ラスト一週間でさえ、本当に長く感じました。

最後の勤務を終えて、工場を出たときは
本当に仕事を辞められたのか?と実感が全然なかったです。

辞めて後悔したこと

辞めて一か月ほど経過して、ようやく辞めた実感がしたころに、後悔したことがありました。

なんであの工場に2年も勤務したんだ?と。

半年でも1年でももっと早く辞めれたはずなのに、2年も勤務した意味あった?と。

退職後に、もっと早く辞めたらよかったと後悔したのは、今のところこの時の工場だけです。

僕自身が退職を意識し始めたのは、工場で働きだして半年後くらいにはここで働いていてもなぁ、、と思うようになってましたが、今の仕事辞めてどうするんだ?と自問したときに、他の選択肢で良いと思えるものがなかったので、結局ズルズルと勤務をして辞めるのを先延ばしにしてしまってました。

辞めたいと思ったら辞めるべきなのに、それができなかったわけです。

この話、ギリギリ退職代行サービスが話題になるかならないかの時期だったのですが、当時はそういうサービスがあることをしりませんでした。

もし知ってたら、依頼していたかもしれません。

辞めた後に、もっと早く辞めたら良かったと後悔するくらいなので、辞めること最優先で動いていたかも。

最後に

めちゃめちゃ長いですが、これが派遣で2年間工場勤務をしていた時の話です。

かなり長かったですが、読んでくれた人いたら、こんなどこの誰が書いた分からない話を見てもらってありがとうございました。
この話に共感してくれるくれないか置いておいて、苦しい体験談を見てもらえるというのは、ちょっと嬉しいものです。

結局、この2年間の工場勤務で後悔したことの方が多いですが、一つだけ何か学んだことは?というと

辞めたいと思ったら、理由をつけず辞めるべきということです。

退職代行サービスを利用してもしなくても、どっちでもいいのでとにかく、辞めたいと思ったら辞められるように動くべきです。

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